40代・50代のための老後資金計画と親の介護・相続:知っておくべき影響と準備
老後資金計画に影響を与える可能性:親の介護と相続について考える
自身の老後資金について考え、資産形成に取り組んでいらっしゃる方は多いかと存じます。iDeCoやつみたてNISAを活用したり、目標額を設定したりと、具体的な準備を進めている方もいらっしゃるでしょう。しかし、ご自身の計画だけでは完結しない要素として、「親の介護」や「相続」といったライフイベントが老後資金に大きな影響を与える可能性があることをご存知でしょうか。
これらの要素は、漠然とした不安の一つとして頭の片隅にあるものの、具体的にどう影響するのか、どのような準備が必要なのかが分かりにくく、後回しにしてしまいがちかもしれません。本稿では、40代・50代の皆様が老後資金計画を考える上で、親の介護や相続がどのように関わってくるのか、知っておくべき影響と今からできる準備について解説します。ご自身の老後資金計画をより確実なものとするための一助となれば幸いです。
親の介護が老後資金に与える影響
親御様の年齢が上がるとともに、介護が必要になる可能性は高まります。介護が必要になった場合、主に以下の2つの側面から、ご自身の老後資金計画に影響を与える可能性があります。
1. 介護費用の負担
介護には、様々な費用がかかります。公的な介護保険制度がありますが、サービス利用料の一部は自己負担となります。また、介護保険でカバーされない費用(例えば、差額ベッド代、日常生活費、おむつ代など)や、施設に入居する場合の費用など、多岐にわたります。
生命保険文化センターの調査(2021年度)によると、介護に要した費用は、住宅改造や介護用ベッド購入などの初期費用で平均約74万円、月々の費用で平均約8.3万円というデータがあります。また、介護期間は平均約5年1ヶ月とされています。これらの平均値を基に単純計算すると、初期費用と月々の費用総額は約74万円 + (8.3万円 × 61ヶ月) = 約580万円程度となります。もちろん、これはあくまで平均であり、介護の状況やサービス、施設の利用有無によって大きく変動します。
これらの費用を、親御様ご自身の年金や貯蓄、資産で全て賄えれば問題ありませんが、そうではない場合、子世代が負担する必要が生じる可能性があります。これが、ご自身の老後資金として準備していた資金を取り崩す、あるいは貯蓄ペースを遅らせる要因となることがあります。
2. 介護による離職や働き方の変化
親御様の介護が必要になった際、ご自身あるいはご家族のどちらかが仕事を辞めたり、働き方を変えたりする必要に迫られるケースがあります。これを「介護離職」と呼びます。
厚生労働省の調査(2021年)では、家族の介護・看護のために離職・転職した人は年間約10万人に上ります。特に40代後半から50代前半は、親の介護と自身のキャリア形成・老後資金準備の時期が重なりやすく、介護離職による収入減は、その後の老後資金計画に深刻な影響を与えかねません。収入が途絶える、あるいは減少することで、老後資金の積立が中断・減額されるだけでなく、厚生年金保険料や企業型DCの掛け金などの拠出も難しくなる可能性があります。
相続が老後資金に与える影響
親御様がお亡くなりになった際に発生する相続も、ご自身の老後資金に影響を与える可能性があります。
1. 相続財産の受け取り
親御様から不動産や金融資産などを相続する場合、ご自身の資産が増加し、老後資金として活用できる可能性があります。しかし、相続財産がある場合でも注意が必要です。
- 相続税の負担: 相続財産の総額が一定の金額(基礎控除額)を超える場合、相続税が発生します。相続税の計算は複雑ですが、遺産総額から基礎控除額(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)を差し引いた金額に対して税率がかかります。この相続税の納税資金を、相続した金融資産から支払う必要があります。不動産など、すぐに現金化できない資産を相続した場合、納税資金の準備が課題となることもあります。
- 負の遺産: プラスの財産だけでなく、借金などの「負の遺産」も相続の対象となります。負の遺産の方が大きい場合は、相続放棄を選択することも可能ですが、判断や手続きが必要です。
- 遺産分割: 複数の相続人がいる場合、遺産分割協議が必要です。協議がまとまらず時間がかかることもあり、すぐに資産を受け取って活用できるとは限りません。
2. 期待しすぎないことの重要性
親御様からの相続を自身の老後資金の前提として過度に期待することはリスクを伴います。親御様ご自身が高齢になり、医療費や介護費で想定以上に資産を取り崩す可能性もありますし、相続が発生する時期や相続財産の正確な金額は予測しにくいからです。相続財産はあくまで「かもしれない」プラスアルファとして捉え、ご自身の力で準備する老後資金計画を基本とすることが重要です。
老後資金計画と介護・相続:今からできる準備
これらの不確定要素に対し、今からできる準備は何でしょうか。
1. 親御様とのコミュニケーション
最も重要かつ基本的なことですが、親御様と老後の生活や健康、そして資産について話し合う機会を持つことです。話しにくいテーマではありますが、親御様の現在の健康状態、将来の希望(どこで暮らしたいか、どのような介護を受けたいか)、そして大まかな資産状況(特に不動産の有無や借金の有無など)を知っておくことは、将来的な見通しを立てる上で非常に役立ちます。
話し合いを通じて、親御様ご自身の老後資金の状況や、介護が必要になった場合の意向(在宅介護を希望するか、施設入居を希望するかなど)を把握することで、ご自身が将来どの程度のサポートや負担を担う可能性があるのかを推測する手がかりになります。
2. 情報収集と相談
介護保険制度、成年後見制度、相続制度など、関連する公的な制度について基本的な情報を収集しておきましょう。また、介護に関する相談は地域包括支援センター、相続に関する相談は弁護士や税理士など、専門家への相談窓口も確認しておくと良いでしょう。
ご自身の老後資金計画にこれらの要素をどう組み込むか、あるいはリスクとしてどう織り込むかについては、ファイナンシャルプランナー(FP)に相談することも有効です。FPは、ご自身の収入・支出、資産状況だけでなく、ご家族の状況(親御様の年齢や健康状態など)も考慮に入れたライフプランニングをサポートしてくれます。
3. ご自身の老後資金計画の「柔軟性」を考える
親の介護や相続は予測が難しい側面があります。そのため、ご自身の老後資金計画を立てる際には、ある程度の「柔軟性」を持たせておくことが有効かもしれません。例えば、少し余裕を持った目標額設定にする、緊急予備資金を厚めに準備する、などです。
また、介護離職のリスクを避けるために、親御様の近くへの転職・転居を検討したり、テレワークが可能な職種へキャリアチェンジを考えたりすることも、働きながら介護を続けるための一つの対策となり得ます。
まとめ:全体像を捉え、漠然とした不安を具体的に
老後資金の準備は、ご自身の収入や支出、資産運用といった要素に加えて、親御様の状況といった外部要因も考慮に入れることで、より現実的で確実な計画となります。親の介護や相続といったテーマは、感情的な側面もあり向き合うのが難しいと感じるかもしれませんが、漠然とした不安を具体的な課題として捉え、早期に情報収集やご家族との話し合いを始めることが第一歩です。
この記事でご紹介した内容が、ご自身の老後資金計画を見直すきっかけとなり、漠然とした不安を解消し、必要な準備を進めるための一助となれば幸いです。