公的年金 繰り下げ受給 vs 繰り上げ受給 40代・50代が知るべき判断基準
老後資金の柱・公的年金 繰り下げ受給 vs 繰り上げ受給 40代・50代が知るべき判断基準
漠然とした老後への不安の中で、公的年金が将来の生活を支える重要な柱であることは多くの方が認識されているかと思います。一方で、「一体いつから受け取り始めるのが一番良いのだろうか?」「早くもらうのと遅くもらうのとでは、何が違うのか?」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
特に40代後半から50代にかけては、ご自身の年金見込額を確認したり、60歳以降の働き方やライフプランを具体的に考え始めたりする時期です。公的年金の受け取り方には、「原則の65歳から受け取る」以外に、「繰り下げて66歳以降に受け取る」「繰り上げて60歳から65歳未満で受け取る」という選択肢があります。
これらの選択は、将来受け取れる年金額に大きく影響するため、ご自身のライフプランや健康状態、保有資産などを踏まえて慎重に検討する必要があります。この記事では、公的年金の「繰り下げ受給」と「繰り上げ受給」それぞれの仕組み、メリット・デメリット、そして40代・50代の方が今から知っておくべき判断のポイントについて解説します。
公的年金制度の基本と受給開始年齢
日本の公的年金制度は、主に国民年金と厚生年金から成り立っています。会社員として働いている方は、この両方に加入しています。老後に受け取れるのは老齢年金です。原則として、老齢年金の受給開始年齢は65歳です。
しかし、希望すれば65歳より早く受け取ったり(繰り上げ受給)、遅く受け取ったり(繰り下げ受給)することができます。この選択によって、生涯にわたって受け取る年金額が変わってきます。
公的年金の「繰り下げ受給」とは?
繰り下げ受給とは、原則である65歳よりも後に老齢年金の受け取りを開始することです。現在は最大75歳まで繰り下げることができます。
繰り下げ受給の仕組みとメリット
- 年金額が増える: 繰り下げの最大のメリットは、受給開始を遅らせることで将来受け取る年金額が増えることです。65歳から受け取らずに1ヶ月遅らせるごとに、年金額が0.7%ずつ増額されます。
- 増額率は生涯続く: この増額率は、一度決定すると生涯にわたって適用されます。例えば、70歳まで繰り下げて受給を開始すると、65歳から受け取る場合に比べて年金額は42%増額されます(5年 x 12ヶ月 x 0.7% = 42%)。最大75歳まで繰り下げると、84%の増額となります。
繰り下げ受給の注意点・デメリット
- 年金を受け取れない期間がある: 受給を繰り下げた期間は、当然ながら年金を受け取ることができません。その間の生活費は、貯蓄や退職金、または就労による収入などで賄う必要があります。
- 損益分岐点: 繰り下げて増額された年金額を受け取り続けた結果、65歳から受け取り始めた場合の総受給額を上回る年齢(損益分岐点)が存在します。この年齢より長生きすれば繰り下げが有利となりますが、逆に早く亡くなってしまうとその前に亡くなった場合は総受給額が少なくなる可能性があります。損益分岐点は、繰り下げた期間や個人の年金額によって異なりますが、一般的には80歳代前半から半ばと言われています。
- 加給年金・振替加算: 配偶者がいる場合などに受け取れる加給年金や振替加算は、本人の老齢年金の受給が開始されないと受け取ることができません。繰り下げている期間は、これらの年金も受け取れない点に注意が必要です。
公的年金の「繰り上げ受給」とは?
繰り上げ受給とは、原則である65歳よりも早く、60歳から65歳未満の間に老齢年金の受け取りを開始することです。
繰り上げ受給の仕組みとメリット
- 早く年金を受け取れる: 繰り上げの最大のメリットは、必要に応じて60歳から年金を受け取り始めることができる点です。特に60歳で退職し、それ以降の収入が途絶える場合などに、当面の生活費を賄う手段となります。
繰り上げ受給の注意点・デメリット
- 年金額が減る: 繰り上げの最大のデメリットは、将来受け取る年金額が減額されることです。1ヶ月繰り上げるごとに、年金額が0.4%ずつ減額されます(昭和37年4月2日以降生まれの方の場合)。
- 減額率は生涯続く: この減額率は、一度繰り上げ請求をしてしまうと生涯にわたって適用されます。例えば、60歳0ヶ月から受け取り始めると、年金額は24%減額されます(60ヶ月 x 0.4% = 24%)。最大5年(60ヶ月)繰り上げが可能です。
- 一度請求すると取り消せない: 繰り上げ受給を請求し、年金を受け取り始めると、後から繰り下げに変更することはできません。減額された年金額を生涯受け取り続けることになります。
- その他の年金への影響: 繰り上げ受給を選択すると、一定の期間、障害年金を請求できなくなる場合があります。また、寡婦年金を受け取ることができなくなるなど、他の年金にも影響が出ることがあります。
どちらを選ぶべきか? 40代・50代が考えるべき判断基準
繰り下げと繰り上げ、どちらが有利かは個人の状況によって大きく異なります。40代・50代の今から、将来の受給について考える際に押さえておきたい判断基準をいくつかご紹介します。
1. ご自身の健康状態と平均余命
- 長生きできそうなら繰り下げ有利: ご自身の健康状態が良好で、長く健康に過ごせる見込みがある場合は、繰り下げによる増額のメリットを享受しやすくなります。
- 健康に不安があるなら繰り上げ検討: 健康上の不安があり、平均余命よりも早く亡くなる可能性があると考える場合は、総受給額の面では繰り上げが有利になる可能性も考慮に入れます。ただし、これはあくまで統計的な話であり、将来を断定することはできません。
2. 60歳以降の収入見込みと保有資産
- 現役時代の収入が多い場合: 高い年収で厚生年金に長く加入していた方は、もともとの年金額が大きいため、繰り下げによる増額効果も大きくなります。
- 他の収入源がある場合: 退職金、企業年金、iDeCoやつみたてNISAなどで形成した資産からの収入、または60歳以降も働くことによる給与収入など、年金以外の収入源が十分に確保できる見込みがある場合は、年金を受け取らずに繰り下げやすいと言えます。
- 早期に資金が必要な場合: 住宅ローンの返済や子の教育費など、60歳代前半でまとまった資金が必要となる見込みがある場合は、繰り上げ受給を検討せざるを得ない状況も考えられます。しかし、減額率の影響は生涯続くため、安易な繰り上げは避けるべきです。
3. 60歳以降の働き方
- 60歳以降も働く場合: 60歳以降も厚生年金に加入して働く場合、給与収入と年金受給額の合計がある一定額を超えると、年金の一部または全額が支給停止となる「在職老齢年金制度」があります。この制度を考慮すると、働きながら年金を受け取るより、繰り下げて年金額を増やし、退職後に増額された年金を受け取る方が有利になるケースもあります。ご自身の給与見込みと照らし合わせて検討が必要です。
- 厚生年金に加入しない働き方の場合: パート・アルバイトや自営業など、厚生年金に加入しない働き方をする場合は、給与による年金停止の心配はありません。
4. 配偶者や家族構成
- 加給年金・振替加算の考慮: 年下の配偶者がいる場合、本人が65歳になった時点で加給年金が加算されることがあります。また、配偶者が65歳になった際には振替加算として配偶者自身の年金に加算される場合があります。繰り下げ受給を選択すると、本人が繰り下げ受給を開始するまでこれらの加算が受けられないため、家族全体の収入計画に影響が出ます。
- 遺族年金の考慮: 繰り上げ受給を選択した場合、将来配偶者が受け取る遺族厚生年金の額に影響が出ることがあります。
具体的なシミュレーションの重要性
繰り下げ・繰り上げは、一度行うと原則として変更できません。ご自身の最適な選択肢を見つけるためには、ねんきんネットや年金事務所の窓口で、ご自身の年金見込額を基にしたシミュレーションを行うことが非常に重要です。
- ねんきんネット: ご自身のこれまでの加入記録や年金見込額をオンラインで確認できます。簡単な操作で、60歳から75歳までの間で、何歳何ヶ月から受け取ったらいくらになるか、簡易的な試算が可能です。
- 年金事務所: より詳細な情報を得たい場合や、複雑なケース(共働き夫婦の双方の年金など)については、年金事務所の窓口で相談し、より正確なシミュレーションや説明を受けることができます。
また、ご自身のライフプラン全体(働き方、必要な生活費、他の資産状況など)を踏まえた上で、年金受給の選択を判断するには、ファイナンシャル・プランナー(FP)などの専門家に相談することも有効な手段です。
まとめ
公的年金の繰り下げ受給と繰り上げ受給は、それぞれメリット・デメリットがあり、どちらが正解というものではありません。重要なのは、「なんとなく」で決めるのではなく、それぞれの仕組みを理解し、ご自身の健康状態、将来の収入・支出見込み、保有資産、家族構成といった具体的な状況を踏まえて、総合的に判断することです。
特に40代・50代は、老後資金計画を本格的に立て始め、修正も可能な時期です。まずはご自身の年金見込額を確認し、繰り下げ・繰り上げを選択した場合に年金額がどのように変わるのか、具体的なシミュレーションを行ってみてください。その上で、ご自身のライフプラン全体の中で、公的年金の受給開始時期をどう位置づけるべきか、冷静に検討を進めることが、老後への不安を解消し、前向きな準備を進めるための第一歩となります。必要に応じて、専門家のアドバイスも活用されることをお勧めします。